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ま、クロ現は・・・内容がアレなんでアレですが。番組の冒頭で国谷裕子は、「社会の閉塞感が感じられる中で……」といった。答えが見つからない事件が起こると、よく使われる言葉だ。映画「靖国」をめぐる騒動も、そう見えたのか。
映画に戻ると。この件で不幸だったのは、所詮映画なんてカネ稼いでなんぼのビジネスであるのに、そのへんがすっとばされてしまったことでしょうか。文化だなんだというからオカシなことになる。
問題1)反日映画に国の助成金、という週刊誌の記事。
騒げりゃなんでもイイというのは、商売としてはまぁ正しい。ただ、そういう商売は蔑まれてしかるべきだと思いますけどね。騒動のきっかけは、週刊新潮2007年12月20日号の記事だった。「靖国」は反日映画で、国の助成金750万円が使われた、という内容だった。
問題2)国会議員が、ことの是非を問うために試写を申し入れる。
まぁ、これは、でも、ある意味もっともだと思います。これを見た稲田朋美衆院議員(自民)が「政治的な宣伝性が無いことを確認するため」として、助成金を出した文化庁に試写を申し入れた。
問題3)右翼?から上映中止を求める抗議が映画館に。
見てもいないのに騒ぐ。祭り好きな日本人というかアジア人の血だからしょうがない?上映予定の映画館に右翼の「上映中止」の攻勢が始まった。これはネットにも波及し、名前を載せられた映画館に抗議が殺到。東京、大阪の5館が上映を中止。また、名古屋の1館は延期した。
最終的には、火が広がらぬように努力したことで、警備は厳重ながら普通に上映、映画はヒット。一応大団円を迎えた。
で、映画も見ずに騒ぐだけ騒ぐエセ「右翼」は問題外として。
が議員のコメント。これはある意味正しい。ただこういう発言をさせてしまうスキがあったわけで、要するに、文化庁が助成金など出したのがいけないわけよ。750万は大金だけれども映画の全製作費からみたらはした金ともいえるわけで、そんなもののために大騒動になるってのがね。750万円ぽっちで騒いだ週刊誌や議員のケツノアナの小ささを指摘するのもいいですが、まぁ750万円も個人でもらえるなら結構使いではあるわけで。助成金を出す基準がどうこうと言い出すとなかなか難しい問題があり、だったらもう、映画に対して助成金なんて出さなきゃいいんじゃないの、出してる助成金まとめたら結構な額になるわけだから、税金上げるとかなんとかいっているご時世に、映画に助成金なんて、ありえないでしょう、という話にするのがよろしい。文化庁という組織自体もいらないからスクラップしまして、国の余計な金の使い道をふさぎませんか。この問題で語るべきは、そこかと思います。助成金の妥当性を勉強するため、映画の内容とか公開を問題にしたことは一度もない。それが検閲というような捉え方をされたのは、残念だし遺憾です
なんにせよ、検閲するのに理があるように見えるルールは、潰しとかないと。マスコミがその辺の話をしないのだったら、この騒動はニュースを消費しただけってことに。
の部分ですが、確かに、最近では「ミニシアター系映画」でも製作費は1億を下らないのが通例になっていますが、こと「ドキュメンタリー映画」の場合、「監督・脚本・撮影・編集・音楽・ナレーション等々すべて1人で」という、「鷹の爪」的製作が可能です。また、ビデオ撮影の場合、そこそこのスペックのパソコンがあれば、十分に編集が出来てしまいます(実際に、「子育ての合間に、自宅のパソコンで編集した」というドキュメンタリーを観たことがあります)。
「靖国」の場合、撮影期間が長いという事情はあるものの、おそらくは何千万のレベルの費用で製作可能だと思われます。ならば、750万円という額も、こと「靖国」に限って言えば、それほど低い額ではないように思われます。
(どこか邦画バブルやねん(笑))、たかだか(たかだか、ですよ)750万円と云えど嫉妬を誘発する金額であるとは言えるでしょうな。
『相棒 劇場版』で描かれたようなマスコミ批判(つまり自己批判なわけですが)の切っ先は、この『靖国』自主規制問題にも照射されているようにも感じました。
で、金額じゃないのよというのはおっしゃるとおりですが「文化庁(日本政府)のお墨付き」というのは短絡的な発想で、そこにのっかっちゃいけないわけです。
どうするかっていうと、文化庁が金出したのは、異なる意見でもなんでもいいですよという太っ腹ゆえだと。人間ができているからだと。そして、映画なんてたかが映画だと。
映画で明らかになる史実もなにもないぞと。
で、いろいろ声高に日本政府が認めただなんだと騒ぐなら、金出してやった相手に斬りつけるような、そんな倫理もなにもない相手の言い分を信じるような愚か者がどこにおりますでしょう、と唱えればいいわけですな。
映画は言い分があるから作るのでしょうが、所詮映画は映画にすぎないわけですから、善悪だの正しい正しくないだのはそぐわないわけで、そうするとそんなもんに金出す仕組みがなければ揉めずにすむわな、という程度のお話です。